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伊世賀美隧道(明治30年、伊那街道の難所に掘られた石造りの隧道)|何があった場所か

史実として広く知られているが、当プロジェクトとしては一次資料での検証が未完了の情報です。
位置精度: 地点特定 / 最終確認日: 2026-09-28

豊田市明川町の伊勢神峠に、明治30年(1897)に完成した石造りの隧道が残る。文化庁の解説は、長野を縦断して名古屋に通じる伊那街道の難所、伊勢神峠に建設された長さ308メートル・幅員約3メートルの総花崗石造の隧道とし、平成12年(2000)9月26日に国の登録有形文化財となった。愛知県の解説によれば、この道は中馬と呼ばれる賃馬で荷を運ぶ通商の道で、中馬街道とも呼ばれた。峠はもと石神峠・石亀峠と呼ばれ、文久4年(1864)に伊勢神宮の遥拝所が設けられて伊勢拝峠と改められ、のちに伊勢神峠となった。

国土交通省名古屋国道事務所の資料は、この隧道が当初はレンガ巻きのトンネルとして設計されたが、現地の地層や湧水による崩落の可能性から石巻きに変更されたと記す。同じ資料は、東海地方に現存する明治期の石巻きのトンネルを伊世賀美隧道と天城山隧道(静岡県伊豆市)の二つだけとする。峠の下にはその後、昭和35年(1960)に延長1,245メートルの伊勢神トンネルが通り、さらに延長1,901メートルの新しいトンネルの事業が進められている。坑口は石積みの壁柱と、仕上げの異なる二重の迫石によるアーチでつくられている。

伊世賀美隧道(明治30年、伊那街道の難所に掘られた石造りの隧道)の位置を示す地図
この地点の地図(地理院タイルに地点を加筆)

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