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犬鳴山七宝瀧寺(葛城修験の行場と、犬が吠えて変わった山の名)|何があった場所か

史実として広く知られているが、当プロジェクトとしては一次資料での検証が未完了の情報です。
位置精度: 地点特定 / 最終確認日: 2026-09-28

大阪府泉佐野市大木、和泉山脈の犬鳴川の渓谷に七宝瀧寺がある。泉佐野市文化財課は、斉明天皇7年(661)に役小角が開いたと伝えられる葛城修験の中心的な行場で、葛城二十八宿の第八宿にあたると記す。山号の犬鳴山には義犬の伝説が伝わる。寺の縁起では、鹿を狙う猟師のそばで犬が吠え続け、獲物を逃した猟師に切られながらも、猟師を狙っていた大蛇にかみついて主を救った。これを聞いた宇多天皇が報恩の義犬とたたえ、それまでの一乗山(鈴杵ヶ岳)の名を改めて犬鳴山の号を与えたと伝わる。

文字の記録では、日根荘に滞在した九条政基の『政基公旅引付』に犬鳴山や七宝瀧寺、子院の名が見え、文亀元年(1501)7月20日の条には寺僧が火走神社で雨乞いの神事を行った記事がある。政基が文亀2年(1502)に書き写した『七宝瀧寺縁起』は九条家に残り、この山を8番目の行場と記す。寺の南の燈明ヶ岳には長禄3年(1459)の銘をもつ第八経塚の碑がある。大阪府は昭和14年(1939)に犬鳴山を府の名勝に指定し、文化庁の日本遺産では日根荘と葛城修験の二つの物語の構成文化財となっている。

犬鳴山七宝瀧寺(葛城修験の行場と、犬が吠えて変わった山の名)の位置を示す地図
この地点の地図(地理院タイルに地点を加筆)

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