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八王子城跡(天正18年、一日で落ちた北条氏照の山城)|何があった場所か

史実として広く知られているが、当プロジェクトとしては一次資料での検証が未完了の情報です。
位置精度: 地点特定 / 最終確認日: 2026-09-28

八王子市の深沢山(城山)を中心に、北条氏康の三男・北条氏照が築いた山城の跡が国の史跡として残る。八王子市は、天正年間に築城が始まり、氏照が滝山城から移ったのは天正12年(1584)から天正15年(1587)の間とする説が有力と記す。天正18年(1590)6月23日、豊臣秀吉の関東制圧の一環で前田利家・上杉景勝の軍に攻められて落城した。市の文化財保存活用地域計画は、兵力に勝る豊臣方の攻撃で1日で落城したと記す。氏照はこのとき小田原城に籠城中で、この落城が決め手となって小田原城は開城し、氏照は兄の氏政とともに城下で切腹した。

城は、城下町にあたる根小屋地区、氏照の館があった御主殿跡などの居館地区、山頂に本丸を置く要害地区に分かれる。落城のとき城はまだ未完成だったと考えられている。江戸時代は幕府の直轄地、明治以降は国有林だったため人の手があまり入らず、市の保存管理計画は、存続期間が短く城主が氏照一代で、落城後の改変も大きく認められないことから、築城当時の様相を残している可能性が高いとする。平成2年(1990)の落城400年に御主殿地区の石垣や虎口、古道が整備された。氏照と戦死者を祀るため、氏照の法号をもつ宗関寺が再建されている。

八王子城跡(天正18年、一日で落ちた北条氏照の山城)の位置を示す地図
この地点の地図(地理院タイルに地点を加筆)

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