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猿島砲台跡(明治14年に起工した、東京湾要塞の島の砲台)|何があった場所か

史実として広く知られているが、当プロジェクトとしては一次資料での検証が未完了の情報です。
位置精度: 地点特定 / 最終確認日: 2026-09-28

横須賀新港の沖合1.7キロメートルに浮かぶ猿島に、明治の陸軍が築いた砲台の跡が残る。文化庁の国指定文化財等データベースは、猿島砲台跡を明治14年(1881)11月に起工し、同17年6月に竣工した東京湾要塞の最初期の砲台とする。横須賀市は起工を11月5日、竣工を6月30日と記し、第一砲台に27センチ加農砲2門、第二砲台に24センチ加農砲4門などが備えられたとする。任務は東京湾内湾への敵艦船の侵入を阻み、横須賀と長浦の両軍港を守ることだった。

島内には砲座、砲側の弾薬庫、兵が待機する掩蔽部、砲台どうしを結ぶ煉瓦造の隧道、電気灯機関舎、布積みの護岸などが残る。横須賀市によると、弾薬庫などの煉瓦はフランス積で、のちに増設された観測所などはオランダ積であり、一つの遺跡で二つの積み方が見られる。関東大震災で被災したのち大正14年(1925)に除籍された。平成27年(2015)3月10日、浦賀湾口の千代ヶ崎砲台跡とあわせて東京湾要塞跡の名で国の史跡に指定され、横須賀市はこれを軍事遺跡として日本で初めての国史跡と記す。島は市の猿島公園として公開されている。

猿島砲台跡(明治14年に起工した、東京湾要塞の島の砲台)の位置を示す地図
この地点の地図(地理院タイルに地点を加筆)

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