高札場(掲示が立っていた場所と、復原された場所は別にある)|何があった場所か
横浜市神奈川区、神奈川地区センターの前の広場に、屋根のついた大きな掲示板が立っている。高札場である。横浜市神奈川区は、高札場を、幕府の法度や掟などを庶民に徹底させるために設けられた施設であるとし、宿場の施設としては重要なものだったが、明治に入り情報伝達の手段が整うにつれて、やがて姿を消してしまったと記す。
ただし、ここは高札が立っていた場所ではない。区は、当時の高札場が神奈川警察署の西側付近にあったとし、いま地区センターの前にあるものは資料をもとに復原したものであると記す。神奈川宿歴史の道のパンフレットは、江戸時代の絵図である金川砂子に、滝ノ橋のたもとに高札場が描かれているとし、地区センターの節では、かつて滝ノ橋のたもとにあった高札場が往時をしのんで復原されていると記す。同じパンフレットは、資料をもとに復原した高札場の写真に添えて、その規模はおおよそ間口5メートル、高さ3.5メートル、奥行1.5メートルと大きなものでした、と記す。
高札が立っていたあたりは、宿場の中心だった。同じパンフレットは、宿場町時代に滝の川を挟んで江戸側に神奈川(石井)本陣、その反対側に青木(鈴木)本陣が置かれていたとし、本陣を、大名や公家などが宿泊や休息をする幕府公認の宿と説明する。復原された高札場が立つ広場の床面には、神奈川宿歴史の道のシンボルマークとなった青海波がデザインされていると区は記す。

近くの痕跡
- 神奈川の大井戸(宿場の名水が、屋根と釣瓶をそなえて寺の脇に残る)(水の痕跡・約308m)
- 神奈川台場跡(海に突き出た扇形と、鍵を借りて見る石垣)(戦の痕跡・約430m)
- 権現山の跡(絵図のなかにだけ高い山がある)(地の痕跡・約511m)
- 洲崎大神(まっすぐ南を向く参道と、その先にあった舟着き場)(地の痕跡・約525m)
時のながれ
- 江戸時代 — 滝の川を挟んで江戸側に神奈川(石井)本陣、その反対側に青木(鈴木)本陣が置かれていたと横浜市神奈川区は記す。金川砂子には、滝ノ橋のたもとに高札場が描かれている。
- 明治 — 情報伝達の手段が整うにつれて、高札場はやがて姿を消してしまったと同区は記す。
- 現在 — 資料をもとに復原された高札場が、神奈川地区センターの前の広場に立つ。広場の床面には、神奈川宿歴史の道のシンボルマークとなった青海波がデザインされている。
編集部の調査メモ
このページを作るにあたって、編集部が何を確認したか、このページでどう扱ったかを記録しています。
資料で確認できたこと
- 横浜市神奈川区の高札場のページは、高札場を、幕府の法度や掟などを庶民に徹底させるために設けられた施設であるとし、宿場の施設としては重要なものだったが、明治に入り情報伝達の手段が整うにつれてやがて姿を消してしまったと記す。
- 同じページは、当時の高札場が神奈川警察署西側付近にあったとし、いまあるものは資料をもとに神奈川地区センターの前に復原したものであるとして、その規模をおおよそ間口五メートル、高さ三・五メートル、奥行一・五メートルとする。
- 神奈川区の神奈川宿歴史の道のパンフレット説明3は、江戸時代の絵図である金川砂子に、滝ノ橋のたもとに高札場が描かれていると記す。
- 同じパンフレットの神奈川地区センターの節は、地区センター前の広場に、かつて滝ノ橋のたもとにあった高札場が往時をしのんで復原されていること、この広場の床面に神奈川宿歴史の道のシンボルマークとなった青海波がデザインされていることを記す。
- 同じパンフレットは、宿場町時代に滝の川を挟んで江戸側に神奈川(石井)本陣、その反対側に青木(鈴木)本陣が置かれていたとし、本陣を、大名や公家などが宿泊や休息をする幕府公認の宿と説明する。
- 横浜市神奈川区の施設の案内は、横浜市神奈川地区センターの所在を横浜市神奈川区神奈川本町8-1とする。
そのため、このページではこうしています
- 座標は、神奈川地区センターの前の広場にある復原された高札場である。もとの高札場があった場所ではない。
- 地区センターは人が利用している施設である。広場を見るときは、出入りや通行の妨げにならないようにしたい。
- 復原された高札場は屋外の造作物である。よじ登ったり掲示面に触れたりしないようにしたい。
現地確認: 未実施
❓まだ分かっていないこと
この場所には、資料ではまだ確認できていない事柄がある。
- 復原がいつ行われたのかを示す市の資料には行き当たらなかった。
- 高札にどのような文が掲げられていたのかを伝える市の資料には到達できなかった。
- もとの高札場が何年まで立っていたのかを示す市の資料には到達できなかった。区の資料は、明治に入り情報伝達の手段が整うにつれて姿を消したとするだけである。
- もとの高札場の場所の示し方が、同じ区の資料のなかで二通りある。神奈川警察署西側付近という書き方と、金川砂子に描かれた滝ノ橋のたもとという書き方で、どちらも近いあたりを指すが、同じ一点を指すとは限らない。もとの場所には座標を置かず、両方の書き方を残した。
- 復原された高札場の規模について、区のページは間口五メートルとし、パンフレットは間口約五メートルとする。
参考・出典
4件出典に基づいて掲載している
- 高札場(こうさつば)
横浜市神奈川区 - 神奈川宿歴史の道 パンフレット 説明3(本陣跡・高札場ほか)
横浜市神奈川区 - 神奈川宿歴史の道
横浜市神奈川区 - 横浜市神奈川地区センターについて
横浜市神奈川区
訂正履歴
公開後に内容を改めた箇所を、日付とともに記録している。
- :要約の高札場の寸法の書き方を、資料どおり、復原した高札場の写真に添えられた記述であることが分かる形に直した。
この場所について
この場所について、いま知っていることを教えてください。