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高札場(掲示が立っていた場所と、復原された場所は別にある)|何があった場所か

自治体史・公的アーカイブ・碑文や現地の掲示など、一次資料で内容を確認済みの情報です。
位置精度: 地点特定 / 最終確認日: 2026-09-24

横浜市神奈川区、神奈川地区センターの前の広場に、屋根のついた大きな掲示板が立っている。高札場である。横浜市神奈川区は、高札場を、幕府の法度や掟などを庶民に徹底させるために設けられた施設であるとし、宿場の施設としては重要なものだったが、明治に入り情報伝達の手段が整うにつれて、やがて姿を消してしまったと記す。

ただし、ここは高札が立っていた場所ではない。区は、当時の高札場が神奈川警察署の西側付近にあったとし、いま地区センターの前にあるものは資料をもとに復原したものであると記す。神奈川宿歴史の道のパンフレットは、江戸時代の絵図である金川砂子に、滝ノ橋のたもとに高札場が描かれているとし、地区センターの節では、かつて滝ノ橋のたもとにあった高札場が往時をしのんで復原されていると記す。同じパンフレットは、資料をもとに復原した高札場の写真に添えて、その規模はおおよそ間口5メートル、高さ3.5メートル、奥行1.5メートルと大きなものでした、と記す。

高札が立っていたあたりは、宿場の中心だった。同じパンフレットは、宿場町時代に滝の川を挟んで江戸側に神奈川(石井)本陣、その反対側に青木(鈴木)本陣が置かれていたとし、本陣を、大名や公家などが宿泊や休息をする幕府公認の宿と説明する。復原された高札場が立つ広場の床面には、神奈川宿歴史の道のシンボルマークとなった青海波がデザインされていると区は記す。

高札場(掲示が立っていた場所と、復原された場所は別にある)の位置を示す地図
この地点の地図(地理院タイルに地点を加筆)

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