旧臨港線護岸(遊歩道の板をはがしたら、臨港鉄道のレールと枕木が現れた)|何があった場所か
横浜市中区、桜木町駅から新港地区へ海の上をまっすぐに渡る遊歩道がある。汽車道である。横浜市港湾局は、汽車道を1911年に開通した旧臨港鉄道の廃線跡を遊歩道として整備したものとし、ウッドデッキの表面にレールが見える景観が多くの人に親しまれてきたと記す。その道を支えている石積みが、横浜市認定歴史的建造物の旧臨港線護岸である。横浜市都市整備局都市デザイン室は、所在地を中区新港二丁目、構造を割石練積、建築年代を明治43年(1910年)、設計と施工を鉄道院と記す。
線路より、岸のほうが早い。護岸の明治43年は、港湾局の記す開通の1911年より一年前にあたる。同じ道に架かる三つの橋も認定を受けており、市の一覧は港一号橋梁と港二号橋梁を明治40年(1907年)製作・明治42年(1909年)架設、港三号橋梁(旧大岡川橋梁)を明治39年(1906年)当初架設・昭和3年(1928年)移設設置・平成9年(1997年)改修設置とする。三号橋梁だけは、もとは大岡川に架かっていた橋である。
隠れていたものが見えるようになったのは、ごく最近のことである。横浜市港湾局は令和8年(2026年)4月27日、ウッドデッキの老朽化にともなう改修工事でデッキを撤去した際にレール全体や枕木が露出し、その様子が交流サイトを通じて大きな話題となって、工事期間中だけでなくいつでも見られるようにしてほしいという声が多数寄せられたため、鉄道遺構の一部を恒久的に展示する施設を整備したと発表した。旧臨港鉄道で実際に使われていたレールや枕木を可能な限り現地で保存し、その上部をアクリル面から見られる構造にしたとしている。

近くの痕跡
- 旧灯台寮護岸(灯台の役所の名を持つ岸に、明治の石積みが積み直された)(地の痕跡・約88m)
- 神奈川奉行所跡(開港の年に置かれた役所の跡に、石碑が立つ)(地の痕跡・約722m)
- 桜川の跡(桜川新道と、川の名を継いだ桜木町・花咲町)(水の痕跡・約730m)
- 派大岡川の跡(関内と関外を分けた川と、その上に重なった高速道路)(水の痕跡・約809m)
時のながれ
- 明治40年(1907年) — 港一号橋梁と港二号橋梁が製作される。架設は明治42年(1909年)と横浜市の一覧は記す。
- 明治43年(1910年) — 旧臨港線護岸が築かれる。構造は割石練積、設計と施工は鉄道院と横浜市都市整備局都市デザイン室は記す。
- 1911年 — 旧臨港鉄道が開通したと横浜市港湾局は記す。
- 平成8年度 — 旧臨港線護岸と港一号・二号・三号橋梁が横浜市認定歴史的建造物に認定される。
- 平成9年(1997年) — 港三号橋梁が改修設置される。
- 令和8年(2026年)4月27日 — ウッドデッキの改修を機に、レールや枕木を現地で保存して見られるようにした鉄道遺構展示施設を整備したと横浜市港湾局が発表する。
編集部の調査メモ
このページを作るにあたって、編集部が何を確認したか、このページでどう扱ったかを記録しています。
資料で確認できたこと
- 横浜市都市整備局都市デザイン室の認定歴史的建造物のページは、旧臨港線護岸の所在地を中区新港二丁目、構造を割石練積、建築年代を明治43年(1910年)、設計と施工を鉄道院と記す。
- 横浜市認定歴史的建造物の一覧は、旧臨港線護岸の認定年度を平成8年度とする。
- 同じ一覧は、港一号橋梁を西区みなとみらい二丁目から中区新港二丁目、明治40年(1907年)製作・明治42年(1909年)架設とし、港三号橋梁(旧大岡川橋梁)を明治39年(1906年)当初架設・昭和3年(1928年)移設設置・平成9年(1997年)改修設置とする。
- 横浜市港湾局の汽車道のページは、桜木町から新港地区を結ぶ遊歩道で旧臨港線の建造物を見ることができるとし、港一号橋梁・港二号橋梁・港三号橋梁・旧臨港線護岸の四つを挙げる。
- 横浜市港湾局が令和8年(2026年)4月27日に公表した記者発表資料は、汽車道を1911年に開通した旧臨港鉄道の廃線跡を遊歩道として整備したものと記す。
- 同じ記者発表資料は、改修工事でデッキを撤去した際にレール全体や枕木が露出して大きな話題となり、工事後も見られるようにしてほしいという声を受けて鉄道遺構展示施設を整備したこと、レールや枕木を可能な限り現地で保存して上部をアクリル面から閲覧できる構造にしたこと、夜間は照明を行うことを記す。
そのため、このページではこうしています
- 護岸は汽車道に沿って線の形で続くため、一点で代表できるものではない。位置は、港一号橋梁と港二号橋梁のあいだの築堤の上のおおよその点である。
- 護岸の建築年代の明治43年と、鉄道の開通の1911年は、どちらも市の資料の表記のまま並べた。
- 汽車道は人の多い遊歩道である。立ち止まるときは通行の妨げにならないようにし、展示の覆いや設備には手を触れないようにしたい。
- 護岸は水際の構造物である。のぞき込むときは足もとに気をつけたい。
現地確認: 未実施
❓まだ分かっていないこと
この場所には、資料ではまだ確認できていない事柄がある。
- 護岸のどの区間が認定の対象で、延長が何メートルなのかを示す市の資料には行き当たらなかった。
- 旧臨港鉄道がいつ営業を終えたのかを示す市の資料には到達できなかった。
- 汽車道が遊歩道として開かれた年月を記した市の資料には行き当たらなかった。港三号橋梁の改修設置を平成9年とする記載があるだけである。
参考・出典
5件出典に基づいて掲載している
- 旧臨港線護岸(横浜市認定歴史的建造物)
横浜市都市整備局企画部都市デザイン室 - 港一号橋梁(横浜市認定歴史的建造物)
横浜市都市整備局企画部都市デザイン室 - 横浜市認定歴史的建造物 一覧
横浜市都市整備局企画部都市デザイン室 - 汽車道
横浜市港湾局 - 記者発表 汽車道に鉄道遺構展示施設を整備しました(令和8年4月27日)
横浜市港湾局
訂正履歴
公開後に内容を改めた箇所を、日付とともに記録している。
- :出典に書いた発行元の名前を、資料のページに書かれた表記(横浜市都市整備局企画部都市デザイン室)にそろえた。
この場所について
この場所について、いま知っていることを教えてください。