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権太坂(駅伝の坂とは別にある旧東海道の難所)|何があった場所か

自治体史・公的アーカイブ・碑文や現地の掲示など、一次資料で内容を確認済みの情報です。
位置精度: 町域 / 最終確認日: 2026-09-19

横浜市保土ケ谷区の権太坂一丁目と二丁目の境あたりに、旧東海道の坂がある。正月の箱根駅伝で知られる権太坂は国道1号を走る道で、区は、駅伝のコースからはずれ、元町橋付近から県立光陵高校の前を通って境木中学校付近へ通じる坂道が旧東海道の権太坂だと記す。区の散策マップも、旧東海道の道筋に一番坂・二番坂と記し、国道1号の道筋には「大学駅伝でおなじみの権太坂」と書き添える。同じ名で呼ばれる坂が、二本ある。

横浜市道路局計画調整部企画課は、保土ケ谷宿を、江戸を出て最初の難所といわれる急坂「権太坂」の手前にあった宿場とし、旅人の多くはこの宿場で休息してから坂越えに挑んだといわれると記す。区は、保土ケ谷宿が品川・川崎・神奈川に続く四番目の宿場で、江戸から八里九丁、約33キロメートルの位置だと記す。同じページは別の箇所で、八里九丁を約32キロメートルとも換算している。江戸から来た旅人は、神奈川宿の台町の坂を過ぎ、この宿場で休んでから坂にかかった。

今の坂は舗装されている。区は、当時は傾斜のきつい坂が一番坂、二番坂と続いていたと記す。区の散策マップの区間距離では、元町橋から一番坂を上って標柱の立つあたりまで約470メートル、そこから西へさらに約960メートルである。国土地理院の標高データで道筋をたどると、元町橋のあたりが約16.5メートル、境木の坂の上が約71.9メートルで、約1.7キロメートルの間に約55メートル上がる。もっとも急なおよそ90メートルの区間では約9.8メートル上がる。同じ方法で国道1号をたどると、元町橋交番前のあたりから南西へ約1.5キロメートルの間に約36メートル上がる。

坂には標柱と案内板が立ち、下手に旧東海道権太坂改修記念碑がある。上りきった境木には、立場の跡、境木地蔵尊、武相国境モニュメントが並ぶ。区は、街道で行き倒れる旅人が多かったことから近くに投込み塚があったと記し、散策マップは投げ込み塚の碑の場所を示す。名の由来は定まっていない。区は、坂の名を尋ねられた耳の遠い老人が自分の名を答えたという説と、坂を開いた藤田権左ヱ門の名から権左坂と呼ばれたものが転じたという説を並べる。坂は今も人が住む生活道路である。歩道のない区間があるので、車に気をつけて歩きたい。

権太坂(駅伝の坂とは別にある旧東海道の難所)の位置を示す地図
この地点の地図(地理院タイルに地点を加筆)

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