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神奈川の大井戸(宿場の名水が、屋根と釣瓶をそなえて寺の脇に残る)|何があった場所か

自治体史・公的アーカイブ・碑文や現地の掲示など、一次資料で内容を確認済みの情報です。
位置精度: 地点特定 / 最終確認日: 2026-09-19

横浜市神奈川区幸ケ谷、旧東海道の神奈川宿にあたる一角に「神奈川の大井戸」と呼ばれる井戸がある。横浜市教育委員会の指定・登録文化財目録は、これを横浜市の登録地域文化財のうちの史跡に挙げ、登録を平成5年(1993)11月1日、所有者等を宗興寺、所在地を神奈川区と記す。神奈川区の散策資料「神奈川宿歴史の道」は、宗興寺の境内のすぐ脇にこの井戸があるとし、徳川将軍や明治天皇の通行の際にその水が使われたといわれる、と記す。

横浜市が昭和8年(1933)に刊行した『横浜市史稿 佛寺編』は、宗興寺の項の雑載に、俗に神奈川の大井戸と呼ばれ寺域内にある、昔は徳川二代将軍上洛の時に当地に休泊して茶の湯の料に用い、近くは明治天皇御東幸の砌、御用水に指定せられた名水である、と書く。区の同じ資料は続けて、水の量が増えると翌日の天気がよくなるといわれ、街道を通る旅人には「お天気井戸」とも呼ばれていた、と伝える。

区の資料に載る写真では、石を積んだ台の上に四本柱の木造の覆屋が掛けられ、その下に滑車と釣瓶が下がる。傍らには「横浜市地域史跡 神奈川の大井戸」と刻んだ石柱と、絵図を添えた説明板が立つ。横浜市立図書館の神奈川区デジタルライブラリーは、昭和50年(1975)ごろの写真二枚を収め、町名を幸ケ谷と記す。タウンニュース神奈川区版は令和3年(2021)に、名水が今なお湧き出る井戸のある寺として宗興寺を紹介した。

横浜市水道局は、開港後の横浜では海を埋め立てて広がったためほとんどの井戸水が塩分を含み、明治20年(1887)10月に日本初の近代水道の給水が始まったと記す。同じ「神奈川宿歴史の道」の道すじには、台町の坂、権現山の跡である幸ケ谷公園、神奈川台場跡がある。井戸は宗興寺の所有で、市の文化財目録は、公的機関が所蔵するもの以外は原則として非公開であるから見学にあたっては所有者の意向に充分配慮してほしい、と断っている。見るときは寺の敷地であることを踏まえ、参拝の作法に従い、通行や寺の行事の妨げにならないようにしたい。水が飲めるかどうかを記した公的な資料には到達できなかった。位置は概略である。

神奈川の大井戸(宿場の名水が、屋根と釣瓶をそなえて寺の脇に残る)の位置を示す地図
この地点の地図(地理院タイルに地点を加筆)

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