桜道橋(山手隧道と同じ石で仕上げ、断たれる道をつないだ橋)|何があった場所か
中区麦田町。山手の丘を掘り下げた道の上に、鉄筋コンクリートのアーチ橋が架かっている。横浜市道路・交通政策局橋梁課の震災復興橋梁一覧は、この桜道橋を橋長14.8メートル、幅員6.3メートル、竣功は昭和3年(1928)、事業主体は国(復興局)と記す。市の都市デザイン室は、構造を上路式鉄筋コンクリート・アーチ橋、設計を内務省復興局、施工を間組と記す。隣の山手隧道も施工は同じ間組で、設計は都市デザイン室が横浜市復興局と記す。
土木学会関東支部の資料は、桜道橋を、山手隧道の建設によって山手地区にある櫻道の分断がないよう架けられた陸橋と説明する。関内から本牧へ抜ける道を通すために丘が掘り下げられ、その掘割が、もとからあった桜道を横切った。橋梁課は、この橋が山手隧道とともに市内最大級の震災復興事業として建造されたこと、橋と隧道の意匠が調和するようにデザインされ、本牧地区から関内地区へのゲートとしての空間を形作ったことを記す。
橋の表面には石が貼られている。橋梁課の「はしのはなし」第十一稿は、山手隧道の本牧側の坑口が、同じ時期に建設された桜道橋や周辺の擁壁と同一の材料を使い、一体感を重視した意匠であること、隧道のアーチと桜道橋のアーチが連なるようになっていることを記す。親柱も残り、土木学会関東支部は、石張り化粧の本体に合わせた力強い意匠と記す。平成16年(2004)に横浜市認定歴史的建造物となり、平成27年(2015)には山手隧道・打越橋・谷戸橋・西の橋とともに、元町・山手地区の震災復興施設群として土木学会選奨土木遺産に選ばれた。震災復興橋梁として現存する鉄筋コンクリートアーチ橋は、長者橋・霞橋・桜道橋の3橋である。
所在地の書き方は資料によって分かれる。橋梁課と震災復興橋梁一覧は中区麦田町一丁目13番地先から一丁目17番地先までとし、都市デザイン室は中区山手町28から麦田町1-17までと両側の町名を記す。橋の名は、橋梁課の「はしのはなし」と震災復興橋梁一覧は櫻道橋、同じ橋梁課の歴史的建造物の保全のページと都市デザイン室は桜道橋と書く。桜道という道の名の由来は、市や区の資料では確認できなかった。橋の下は車の通る道である。見るときは歩道からとし、車道に立ち入らないこと。

近くの痕跡
- 山手隧道(あとから掘られたほうが、第二ではない)(地の痕跡・約158m)
- 西の橋(先代は南区に移り、いまの橋は市電の橋の跡に架かる)(水の痕跡・約518m)
- 谷戸橋(震災の前と後で、架かる筋が変わった橋)(地の痕跡・約916m)
- 港橋(川も先代の橋も消えて、花の紋章が残った)(地の痕跡・約1.2km)
時のながれ
- 昭和3年(1928) — 関東大震災からの復興事業として竣功する。橋長14.8メートル、幅員6.3メートル、上路式鉄筋コンクリート・アーチ橋。事業主体は国(復興局)、設計は内務省復興局、施工は間組。同じ年に隣の山手隧道も供用を始める。
- 昭和3年(1928)9月 — 町界町名地番整理により、根岸町字麦田および北方町字上野、根岸町字立野・鷺山・竹ノ丸の一部から麦田町が新設される。
- 平成16年(2004)11月 — 横浜市認定歴史的建造物に認定される。横浜市認定歴史的建造物の一覧は認定年度を平成16年度と記す。
- 平成27年度(2015) — 山手隧道・打越橋・谷戸橋・西の橋とともに、元町・山手地区の震災復興施設群として土木学会選奨土木遺産に選定される。
- 令和5年(2023)4月 — 横浜市内に当時の姿のまま現存する震災復興橋梁37橋の一つとして、橋梁課の一覧に記載される。
編集部の調査メモ
このページを作るにあたって、編集部が何を確認したか、このページでどう扱ったかを記録しています。
資料で確認できたこと
- 横浜市道路・交通政策局橋梁課の「歴史的建造物の保全」は、桜道橋の所在地を中区麦田町一丁目13番地先から一丁目17番地先まで、構造を鉄筋コンクリートアーチ橋、建築年代を昭和3(1928)年、設計を復興局、施工を間組、市認定歴史的建造物の認定を平成16(2004)年11月と記す。
- 同じ資料は、この橋が山手隧道とともに市内最大級の震災復興事業として建造されたこと、復興のシンボルともいえるこの事業では橋と隧道の意匠が調和するようにデザインされ、本牧地区から関内地区へのゲートとしての空間を形作ったことを記す。
- 横浜市都市整備局都市デザイン室の桜道橋のページは、所在地を中区山手町28から麦田町1-17まで、構造・規模を上路式鉄筋コンクリート・アーチ橋、建築年代を昭和3(1928)年、設計を内務省復興局、施工を間組と記す。
- 横浜市認定歴史的建造物の一覧は、桜道橋の所在地を中区山手町から麦田町、年代を昭和3(1928)年、認定年度を平成16年度と記す。
- 橋梁課の震災復興橋梁一覧(令和5年4月1日現在)は、櫻道橋を16番として、場所を中区麦田町一丁目13番地先および同一丁目17番地先、橋長14.8メートル、幅員6.3メートル、竣功年1928年、施工を国(復興局)と記す。
- 同じ資料は、横浜市内の震災復興橋梁が最大で178橋あり、老朽化に伴う架け替え等により当時の姿のままで現存している橋は37橋であることを記す。
- 土木学会関東支部の資料は、櫻道橋を、山手隧道の建設によって山手地区にある櫻道の分断がないよう架けられた陸橋とし、上路式アーチ形式の採用と、山手隧道と同様の化粧石貼りにより隣接する山手隧道との景観調和が図られていると記す。
- 同じ資料は、櫻道橋の設計を内務省復興局、施工を間組と記し、櫻道橋の親柱について、石張り化粧の本体に合わせ力強い意匠となっていると記す。
- 橋梁課の「はしのはなし」第十一稿(令和3年10月)は、山手隧道の本牧側の坑口が同時期に建設された櫻道橋や周辺の擁壁と同一の材料を使用した一体感を重視した意匠であること、山手隧道のアーチと櫻道橋のアーチが連なるようになっていることを記す。
- 同じ資料は、橋梁課が管理するもののうち土木学会選奨土木遺産に選ばれたものとして、平成27年の「元町・山手地区の震災復興施設群(打越橋、谷戸橋、西の橋、山手隧道、櫻道橋)」を挙げる。土木学会の選奨土木遺産の一覧も、平成27年度の選定として同じ施設群を挙げ、所在地を神奈川県横浜市中区、竣工年を1926(大正15)年から1928(昭和3)年と記す。
- 橋梁課の「歴史的建造物の保全」の長者橋の項は、震災復興橋梁として現存する鉄筋コンクリートアーチ橋が長者橋、霞橋、桜道橋の3橋であると記す。
- 横浜市中区の「中区の町名とその歩み」は、麦田町が昭和3年9月1日に町界町名地番整理にともない、根岸町字麦田および北方町字上野、根岸町字立野、鷺山、竹ノ丸の一部から新設された町であること、地名研究でムギには植物の麦の意味と段丘の意味とがあるとされることを記す。
そのため、このページではこうしています
- 竣工年は、橋梁課・都市デザイン室・震災復興橋梁一覧・土木学会関東支部のいずれもが昭和3年(1928)とする点で一致する。
- 橋の下は車の通る道である。見るときは歩道からとし、車道に立ち入らないこと。位置は概略である。
現地確認: 未実施
❓まだ分かっていないこと
この場所には、資料ではまだ確認できていない事柄がある。
- 桜道という道の名の由来は、横浜市および中区の資料では確認できなかった。土木学会関東支部の資料に、山手地区に櫻道という道があったことが記されている。
- 橋の下を通る道路の路線名を明示した市の資料は確認できなかった。「はしのはなし」第十一稿は、山手隧道の開通により市道4号線が本牧まで延長されたと記す。
- 土木学会関東支部の資料は櫻道橋の近代土木遺産2800選のランクをAと記すが、土木学会が公開する2800選改訂版の神奈川県のリストには櫻道橋の項目が見当たらない。同じリストは山手隧道をA、打越橋をB、谷戸橋と西之橋をCと記す。
- 橋に名称や竣工年を刻んだ銘板があるかどうかは、資料では確認できなかった。
- 所在地の書き方が分かれる。橋梁課と震災復興橋梁一覧は中区麦田町一丁目13番地先から一丁目17番地先までとし、都市デザイン室は中区山手町28から麦田町1-17までとする。横浜市認定歴史的建造物の一覧は中区山手町から麦田町とする。
- 橋の名の表記が分かれる。橋梁課の「はしのはなし」第十一稿と震災復興橋梁一覧は櫻道橋と書き、同じ橋梁課の歴史的建造物の保全のページ、都市デザイン室、横浜市認定歴史的建造物の一覧は桜道橋と書く。
- 認定の時期の書き方が分かれる。橋梁課は市認定歴史的建造物を平成16(2004)年11月とし、横浜市認定歴史的建造物の一覧は平成16年度とする。
- 設計者の書き方が分かれる。都市デザイン室と土木学会関東支部は内務省復興局とし、橋梁課は復興局とする。なお都市デザイン室は、隣接する山手隧道の設計を横浜市復興局と記す。
- 現存する震災復興橋梁の数が分かれる。橋梁課の震災復興橋梁一覧(令和5年4月1日現在)は37橋とし、「はしのはなし」第十三稿(令和4年5月)は40橋とする。
参考・出典
10件出典に基づいて掲載している
- 歴史的建造物の保全(歴史的建造物に認定された橋およびトンネル)
横浜市道路・交通政策局建設部橋梁課 - 桜道橋(横浜市認定歴史的建造物)
横浜市都市整備局企画部都市デザイン室 - 横浜市認定歴史的建造物 一覧
横浜市都市整備局企画部都市デザイン室 - 震災復興橋梁
横浜市道路・交通政策局建設部橋梁課 - 震災復興橋梁一覧(令和5年4月1日現在)
横浜市道路・交通政策局建設部橋梁課 - はしのはなし 第十一稿 山手隧道ものがたり(番外編:隧道のはなし)(VOL.11 令和3年10月)
横浜市道路局橋梁課 - はしのはなし
横浜市道路・交通政策局建設部橋梁課 - 悠悠・土木 土木遺産 元町・山手地区の震災復興施設群
土木学会関東支部 - 選奨土木遺産 元町・山手地区の震災復興施設群(平成27年度)
土木学会 選奨土木遺産選考委員会 - 中区の町名とその歩み(ま行の町名)
横浜市中区総務部区政推進課
訂正履歴
公開後に内容を改めた箇所を、日付とともに記録している。
- :要約の「隣の山手隧道を手がけたのも、同じ設計者と同じ施工者である」を直した。施工はどちらも間組だが、設計は桜道橋が内務省復興局、山手隧道が横浜市復興局と資料に書かれているため。
- :調査メモの、橋の名の表記(櫻道橋と桜道橋)がどの資料でどう分かれるかの説明を、資料名を挙げて正確にした。出典2件の表題を資料の表題どおりにした。
- :説明文の「橋の名も、橋梁課の資料は櫻道橋、都市デザイン室は桜道橋と書く」を改めた。同じ橋梁課の中でも、「はしのはなし」と震災復興橋梁一覧は櫻道橋、歴史的建造物の保全のページは桜道橋と書き分かれているため、資料名を挙げて正確にした。
この場所について
この場所について、いま知っていることを教えてください。