旧居留地消防隊地下貯水槽(日本大通の地下に残る煉瓦の水がめ)|何があった場所か
横浜市中区の日本大通の地下に、煉瓦造の貯水槽が残っている。横浜市都市整備局都市デザイン室は、名称を旧居留地消防隊地下貯水槽、所在地を中区日本大通13、構造を煉瓦造、建築年代を明治26(1893)年(推定)、設計者を不詳と記す。市の認定歴史的建造物の一覧は、認定年度を平成15年度と記す。長さや深さ、ためられた水の量を記した市の資料には行き当たらなかった。
横浜市消防局の消防沿革は、外国人居留地の消防を廛六消防という名で記す。万延元(1860)年1月に横浜最初の出初め式が行われて廛六消防(外人居留地消防)が誕生し、指揮者は石橋六之助であったとし、明治7(1874)年には蒸気ポンプ3台で外国人居留地の火災警備に当たったとする。大正3(1914)年4月には英国製ガソリンポンプ自動車を輸入して薩摩町消防組に配置し、これがわが国最初の消防車であったと記す。大正8(1919)年9月に廛六消防は県に寄贈され、第二消防署、いまの中消防署になった。
同じ沿革には、貯水槽の建築年代として市が挙げる明治26年の前後の出来事も並んでいる。明治20(1887)年9月、水道の完成にともなって市内各所に球式消火栓131個が設置され、沿革はこれをわが国最初の消火栓と記す。明治26年6月には元町から出火し、1,664戸が焼けた。消火栓が引かれたあとの年に、なぜ煉瓦の水がめが掘られたのかを説明する資料には行き当たらなかった。地上は日本大通の歩道と車道である。地下の構造物なので、地図の点はおおよその位置である。

近くの痕跡
- 横浜税関遺構 鉄軌道及び転車台(公園の下から出てきた、荷役の線路と四基の転車台)(地の痕跡・約340m)
- 港橋(川も先代の橋も消えて、花の紋章が残った)(地の痕跡・約579m)
- 西の橋(先代は南区に移り、いまの橋は市電の橋の跡に架かる)(水の痕跡・約722m)
- 派大岡川の跡(関内と関外を分けた川と、その上に重なった高速道路)(水の痕跡・約807m)
時のながれ
- 万延元年(1860年)1月 — 横浜で最初の出初め式が行われ、廛六消防(外人居留地消防)が誕生したと横浜市消防局は記す。指揮者は石橋六之助。
- 明治7年(1874年) — 廛六消防が蒸気ポンプ3台で、外国人居留地の火災警備に当たる。
- 明治20年(1887年)9月 — 水道の完成にともない、市内各所に球式消火栓131個が設置される。消防局はこれをわが国最初の消火栓と記す。
- 明治26年(1893年) — 横浜市は、この地下貯水槽の建築年代を明治26年ごろと見ている。同じ年の6月、元町から出火して1,664戸が焼けた。
- 大正3年(1914年)4月 — 廛六消防が英国製ガソリンポンプ自動車を輸入し、薩摩町消防組に配置する。消防局はこれをわが国最初の消防車と記す。
- 大正8年(1919年)9月 — 廛六消防が県に寄贈され、第二消防署、いまの中消防署になる。
- 平成15年度(2003年度) — 横浜市認定歴史的建造物になる。
編集部の調査メモ
このページを作るにあたって、編集部が何を確認したか、このページでどう扱ったかを記録しています。
資料で確認できたこと
- 横浜市都市整備局都市デザイン室のページは、名称を旧居留地消防隊地下貯水槽、所在地を中区日本大通13、構造を煉瓦造、建築年代を明治26(1893)年(推定)、設計者を不詳と記す。
- 横浜市認定歴史的建造物の一覧は、この貯水槽の所在地を中区日本大通、建築年を明治26(1893)年(推定)、認定年度を平成15年度と記す。
- 横浜市消防局の消防沿革は、万延元年1月に横浜最初の出初め式が挙行され、廛六消防(外人居留地消防)が誕生し、指揮者が石橋六之助であったと記す。
- 同じ沿革は、明治7年に廛六消防が蒸気ポンプ3台で外国人居留地の火災警備に当たったと記す。
- 同じ沿革は、明治20年9月、水道の完成にともない市内各所に球式消火栓131個を設置したとし、これをわが国最初の消火栓と記す。
- 同じ沿革は、明治26年6月に元町から出火して1,664戸が焼失したと記す。
- 同じ沿革は、大正3年4月に廛六消防が英国製ガソリンポンプ自動車を輸入して薩摩町消防組に配置したとし、これをわが国最初の消防車と記す。
- 同じ沿革は、大正8年9月に特設消防規程が施行され、廛六消防が県に寄贈されて第二消防署(現在の中消防署)になったと記す。
そのため、このページではこうしています
- 位置は、認定の記録が示す日本大通13番のあたりに置いた。地下の構造物なので、地上の一点はおおよその目安である。
- 呼び名が分かれているところは、どちらかに決めずに両方の名をそのまま並べた。
- 地上は日本大通の歩道と車道である。まわりは官公庁の建物が続く。歩道から見るようにし、敷地や設備には立ち入らないようにしたい。
現地確認: 未実施
❓まだ分かっていないこと
この場所には、資料ではまだ確認できていない事柄がある。
- 貯水槽の大きさ、深さ、ためられる水の量を記した公的な資料には到達できなかった。
- 地上にこの貯水槽を示す案内や、中をのぞける設備があるかどうかを示す公的な資料には到達できなかった。
- いつまで使われたのかを記した公的な資料には到達できなかった。
- この貯水槽が、どの火事をきっかけに造られたのかを示す資料には到達できなかった。明治20年に消火栓が設けられたあとの年代にあたることだけが分かっている。
- 居留地の消防組織の呼び名が分かれる。認定歴史的建造物の名称は旧居留地消防隊だが、横浜市消防局の消防沿革はこの組織を廛六消防(外人居留地消防)と呼ぶ。二つが同じ組織を指すのかどうかを述べた資料には到達できなかった。
参考・出典
3件出典に基づいて掲載している
- 旧居留地消防隊地下貯水槽(歴史を生かしたまちづくり)
横浜市都市整備局企画部都市デザイン室 - 横浜市認定歴史的建造物 一覧
横浜市都市整備局企画部都市デザイン室 - 自治体消防発足以前(横浜市の消防沿革)
横浜市消防局総務部総務課
訂正履歴
公開後に内容を改めた箇所を、日付とともに記録している。
- :出典に書いた発行元の名前を、資料のページに書かれた表記(横浜市都市整備局企画部都市デザイン室)にそろえた。
この場所について
この場所について、いま知っていることを教えてください。