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旧居留地消防隊地下貯水槽(日本大通の地下に残る煉瓦の水がめ)|何があった場所か

自治体史・公的アーカイブ・碑文や現地の掲示など、一次資料で内容を確認済みの情報です。
位置精度: 町域 / 最終確認日: 2026-09-18

横浜市中区の日本大通の地下に、煉瓦造の貯水槽が残っている。横浜市都市整備局都市デザイン室は、名称を旧居留地消防隊地下貯水槽、所在地を中区日本大通13、構造を煉瓦造、建築年代を明治26(1893)年(推定)、設計者を不詳と記す。市の認定歴史的建造物の一覧は、認定年度を平成15年度と記す。長さや深さ、ためられた水の量を記した市の資料には行き当たらなかった。

横浜市消防局の消防沿革は、外国人居留地の消防を廛六消防という名で記す。万延元(1860)年1月に横浜最初の出初め式が行われて廛六消防(外人居留地消防)が誕生し、指揮者は石橋六之助であったとし、明治7(1874)年には蒸気ポンプ3台で外国人居留地の火災警備に当たったとする。大正3(1914)年4月には英国製ガソリンポンプ自動車を輸入して薩摩町消防組に配置し、これがわが国最初の消防車であったと記す。大正8(1919)年9月に廛六消防は県に寄贈され、第二消防署、いまの中消防署になった。

同じ沿革には、貯水槽の建築年代として市が挙げる明治26年の前後の出来事も並んでいる。明治20(1887)年9月、水道の完成にともなって市内各所に球式消火栓131個が設置され、沿革はこれをわが国最初の消火栓と記す。明治26年6月には元町から出火し、1,664戸が焼けた。消火栓が引かれたあとの年に、なぜ煉瓦の水がめが掘られたのかを説明する資料には行き当たらなかった。地上は日本大通の歩道と車道である。地下の構造物なので、地図の点はおおよその位置である。

旧居留地消防隊地下貯水槽(日本大通の地下に残る煉瓦の水がめ)の位置を示す地図
この地点の地図(地理院タイルに地点を加筆)

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