東隧道(水と道を、一つの穴に通した震災復興)|何があった場所か
横浜市保土ケ谷区岩井町の丘を抜ける、馬蹄形のトンネルである。横浜市都市整備局都市デザイン室は、所在地を保土ケ谷区岩井町178から岩井町318まで、構造を馬蹄形トンネル、建築年代を昭和5(1930)年、設計を横浜市、施工を不詳と記す。横浜市道路・交通政策局橋梁課は、市認定歴史的建造物になったのが平成12(2000)年11月、土木学会選奨土木遺産になったのが平成18(2006)年10月であると記す。
橋梁課の資料は、この隧道が震災復興の際、磯子・岡村・蒔田・大岡方面の配水強化を図るため、道路用トンネルと兼用で計画・整備されたと記す。外観表面は、梁とトスカナ式の柱部に花崗岩、その他はフランス積レンガを張ることにより、梁と柱の構造的なデザインを明確にした優れた意匠になっているとも記す。横浜市水道局の横浜水道130年史は、この隧道の写真に、保土ケ谷区岩井町、関東大震災復興事業の一環で整備、1930(昭和5)年完成という説明を添える。
横浜市の道路トンネル等長寿命化修繕計画は、東隧道を橋梁課が財産管理する道路トンネル28施設の一つに挙げ、竣工1930年、延長168.0メートル、幅員5.3メートルと記す。同じ一覧では、二年早く掘られた中区の山手隧道が延長219.0メートル、幅員10.7メートル、昭和2年の代官隧道が延長121.2メートル、幅員5.1メートルである。土木学会は、南区の大原隧道と二つで一組にして、この隧道を横浜水道に関わる隧道として選奨した。トンネルの中は車の通る道である。坑口を見るときは歩道からとし、車道に立ち入らないようにしたい。

近くの痕跡
- 大原隧道(水道の幹線と人とが、同じ穴を通っている)(水の痕跡・約754m)
- 尻こすり坂(荷車を尻で押さえて下った坂の下を、いまも水道が通っている)(水の痕跡・約1.2km)
- 霞橋(昭和3年の陸橋に、初代・大正2年の煉瓦壁と門柱が残る)(地の痕跡・約1.3km)
- 尾張屋橋(昭和のはじめに消えた地名が、橋の名にだけ残っている)(地の痕跡・約1.3km)
時のながれ
- 大正12年(1923年) — 関東大震災が起きる。
- 大正13年度から昭和4年度(1924年度から1929年度) — 横浜の水道の復興事業が行われ、市域に編入されたばかりの方面への配水強化が図られる。
- 昭和3年(1928年) — 南区の清水ヶ丘から南太田にかけて、大原隧道が造られる。
- 昭和5年(1930年) — 東隧道が完成する。横浜市の一覧は延長168.0メートル、幅員5.3メートルと記す。
- 平成12年(2000年)11月 — 横浜市認定歴史的建造物になる。
- 平成18年(2006年)10月 — 大原隧道と合わせて、土木学会選奨土木遺産に選ばれる。
編集部の調査メモ
このページを作るにあたって、編集部が何を確認したか、このページでどう扱ったかを記録しています。
資料で確認できたこと
- 横浜市都市整備局都市デザイン室のページは、東隧道の所在地を保土ケ谷区岩井町178から岩井町318まで、構造を馬蹄形トンネル、建築年代を昭和5年、設計を横浜市、施工を不詳と記す。
- 横浜市道路・交通政策局建設部橋梁課のページは、東隧道の読みをあずまずいどうとし、市認定歴史的建造物になったのが平成12(2000)年11月、土木学会選奨土木遺産になったのが平成18(2006)年10月であると記す。
- 同じページは、震災復興の際、磯子、岡村、蒔田、大岡方面の配水強化を図るため道路用トンネルと兼用で計画・整備されたと記す。
- 同じページは、外観表面が梁とトスカナ式の柱部に花崗岩、その他はフランス積レンガを張ることにより、梁と柱の構造的なデザインを明確にした優れた意匠になっていると記す。
- 横浜市道路トンネル等長寿命化修繕計画の個別施設計画は、東隧道を橋梁課が財産管理する道路トンネル28施設の一つに挙げ、区を保土ケ谷、竣工を1930年、延長を168.0メートル、幅員を5.3メートルと記す。
- 同じ一覧は、中区の山手隧道を竣工1928年・延長219.0メートル・幅員10.7メートル、代官隧道を竣工1927年・延長121.2メートル・幅員5.1メートルと記す。
- 横浜市水道局の横浜水道130年史第1章は、東隧道の写真に、保土ケ谷区岩井町、関東大震災復興事業の一環で整備、1930(昭和5)年完成という説明を添える。
そのため、このページではこうしています
- 位置は岩井町側の坑口のあたりを採った。
- 配水を強める先の地名は、資料によって岡村が入るものと入らないものがある。どちらか一方に寄せず、両方の書き方をそのまま並べた。
- トンネルの中は車の通る道である。坑口を見るときは歩道からとし、車道に立ち入らないようにしたい。
現地確認: 未実施
❓まだ分かっていないこと
この場所には、資料ではまだ確認できていない事柄がある。
- 岩井町の丘の下を通る水道管が、どれくらいの太さで何本あるのかを示す資料には到達できなかった。
- 東隧道という名の由来を示す資料には到達できなかった。
- 南区の大原隧道と一本の同じ管でつながっているかどうかを示す資料には到達できなかった。
- 配水を強める先に挙がる地名が分かれる。橋梁課のページは磯子、岡村、蒔田、大岡方面とするが、横浜水道130年史は磯子・蒔田・大岡方面として岡村を挙げない。
- 認定の時期の書き方が分かれる。認定歴史的建造物の一覧は平成12年度と年度で記し、橋梁課のページは平成12(2000)年11月と年月で記す。
参考・出典
6件出典に基づいて掲載している
- 東隧道(歴史を生かしたまちづくり)
横浜市都市整備局企画部都市デザイン室 - 歴史的建造物の保全(歴史的建造物に認定された橋およびトンネル)
横浜市道路・交通政策局建設部橋梁課 - 横浜市道路トンネル等長寿命化修繕計画(令和7年7月更新)
横浜市道路・交通政策局建設部橋梁課 - 横浜市認定歴史的建造物 一覧
横浜市都市整備局企画部都市デザイン室 - 横浜水道に関わる隧道 東隧道・大原隧道(2006年度 選奨土木遺産)
土木学会 選奨土木遺産選考委員会 - 横浜水道130年史 第1章 近代水道の創設と大都市横浜の発展を支えた水道拡張
横浜市水道局
訂正履歴
公開後に内容を改めた箇所を、日付とともに記録している。
- :出典に書いた発行元の名前を、資料のページに書かれた表記(横浜市都市整備局企画部都市デザイン室)にそろえた。
この場所について
この場所について、いま知っていることを教えてください。