大原隧道(水道の幹線と人とが、同じ穴を通っている)|何があった場所か
横浜市南区の清水ヶ丘と南太田をつなぐ、馬蹄形のトンネルである。横浜市都市整備局都市デザイン室は、所在地を南区清水ヶ丘76-10から南太田2-222まで、構造を馬蹄形トンネル、建築年代を昭和3(1928)年、設計を横浜市、施工を不詳と記す。市の認定歴史的建造物の一覧は、認定年度を平成12年度と記す。市が撮影などの使用許可の相談先に挙げているのは、都市整備局ではなく水道局の中村水道事務所である。
このトンネルが水道と結びついているわけは、関東大震災のあとの工事にさかのぼる。横浜市水道局の横浜水道130年史は、復興事業が1924年度から1929(昭和4)年度まで6年間にわたって施行されたとし、配水工事について、あとから市域に編入された磯子・蒔田・大岡方面が既設の配水幹線から離れていて配水上の問題も多かったため、復興工事を機にこれらの方面への配水強化を図るため、新たに蒔田磯子線を布設したと記す。土木学会は、地図の上で直線におよそ750メートル北北西にあたる保土ケ谷区の東隧道と合わせ、この二つを横浜水道に関わる隧道として2006(平成18)年度の選奨土木遺産に選び、水道幹線路の隧道で公道と兼用になっているのもめずらしいと記す。
土木学会は選奨の理由に、紫褐色の焼き過ぎ煉瓦と白の花崗岩とで装飾されている古典的デザインの坑門が、風格と美しさを備え、地域のランドマークとして親しまれていることも挙げる。一方で、横浜市道路・交通政策局橋梁課が財産管理する道路トンネル28施設の一覧に、この隧道は入っていない。同じ一覧には東隧道が載り、竣工1930年、延長168.0メートル、幅員5.3メートルと記されている。大原隧道の長さと幅を示す市の一覧には行き当たらなかった。坑口の前後は人や自転車の通る道である。見るときは通行の妨げにならないようにし、扉や設備には手を触れないようにしたい。

近くの痕跡
- 東隧道(水と道を、一つの穴に通した震災復興)(水の痕跡・約754m)
- お三の宮日枝神社(入海を釣鐘の形に埋めた吉田新田と、震災で焼け残った本殿)(水の痕跡・約890m)
- 吉野橋(川の埋め立てなどで、同じ型の橋は二つだけになった)(水の痕跡・約919m)
- 霞橋(昭和3年の陸橋に、初代・大正2年の煉瓦壁と門柱が残る)(地の痕跡・約1.1km)
時のながれ
- 大正12年(1923年) — 関東大震災が起きる。横浜市水道局の記録は、野毛山浄水場が破壊されたと記す。
- 大正13年度から昭和4年度(1924年度から1929年度) — 水道の復興事業が6年間にわたって施行される。磯子・蒔田・大岡方面への配水強化のため、蒔田磯子線が新たに布設された。
- 昭和3年(1928年) — 大原隧道が造られる。横浜市は設計を横浜市、施工を不詳と記す。
- 昭和5年(1930年) — 保土ケ谷区岩井町に東隧道が完成する。
- 平成12年度(2000年度) — 大原隧道と東隧道が、ともに横浜市認定歴史的建造物になる。
- 平成18年度(2006年度) — 二つ合わせて横浜水道に関わる隧道として、土木学会選奨土木遺産に選ばれる。
編集部の調査メモ
このページを作るにあたって、編集部が何を確認したか、このページでどう扱ったかを記録しています。
資料で確認できたこと
- 横浜市都市整備局都市デザイン室のページは、大原隧道の所在地を南区清水ヶ丘76-10から南太田2-222まで、構造を馬蹄形トンネル、建築年代を昭和3(1928)年、設計を横浜市、施工を不詳と記す。
- 同じページは、撮影などの使用許可についての相談先として、水道局中村水道事務所を挙げる。
- 横浜市認定歴史的建造物の一覧は、大原隧道の所在地を南区清水ヶ丘から南太田、建築年を昭和3(1928)年、認定年度を平成12年度と記す。
- 土木学会選奨土木遺産のページは、東隧道と大原隧道の二つを合わせて横浜水道に関わる隧道とし、竣工年を昭和5年・昭和3年、選奨年を2006年(平成18年度)と記す。
- 同じページは選奨の理由として、紫褐色の焼き過ぎ煉瓦と白の花崗岩とで装飾されている古典的デザインの坑門が風格と美しさを備え、地域のランドマークとして親しまれていること、水道幹線路の隧道で公道と兼用になっているのもめずらしいことを挙げる。
- 横浜市水道局の横浜水道130年史第1章は、関東大震災の復興事業が1924年度から1929(昭和4)年度まで6年間にわたって施行されたと記す。
- 同じ資料は、あとから市域に編入された磯子・蒔田・大岡方面が既設の配水幹線から離れていて配水上の問題も多かったため、復興工事を機にこれらの方面への配水強化を図るため新たに蒔田磯子線を布設し、西谷配水池の増設とあわせて市内配水系統の改善を行ったと記す。
そのため、このページではこうしています
- 位置は清水ヶ丘側の坑口のあたりを採った。反対の坑口は南太田にあたる。
- 東隧道までの距離は、地図の上で二つの坑口を直線で結んだおおよその値である。歩く道のりではない。
- 坑口の前後は人や自転車の通る道である。見るときは通行の妨げにならないようにし、扉や設備には手を触れないようにしたい。
現地確認: 未実施
❓まだ分かっていないこと
この場所には、資料ではまだ確認できていない事柄がある。
- 大原隧道の長さと幅を記した市の資料には到達できなかった。横浜市道路・交通政策局橋梁課が財産管理する道路トンネル28施設の一覧に、この隧道は入っていない。
- 隧道の中を通る水道管の口径や本数を示す資料には到達できなかった。
- 大原隧道と東隧道が一本の同じ管でつながっているかどうかを示す資料には到達できなかった。
- 清水ケ丘公園との位置の関係を、市の資料の文章で確かめることはできなかった。
- 選奨土木遺産の対象の書き方が分かれる。土木学会は東隧道と大原隧道の二つを合わせて選奨したとするが、横浜市道路・交通政策局橋梁課のページは、選奨されたものとして東隧道の名だけを挙げる。同じページの一覧は橋梁課が管理する橋とトンネルを対象としており、水道局が窓口になっている大原隧道は含まれていない。
参考・出典
6件出典に基づいて掲載している
- 大原隧道(歴史を生かしたまちづくり)
横浜市都市整備局企画部都市デザイン室 - 横浜市認定歴史的建造物 一覧
横浜市都市整備局企画部都市デザイン室 - 横浜水道に関わる隧道 東隧道・大原隧道(2006年度 選奨土木遺産)
土木学会 選奨土木遺産選考委員会 - 横浜水道130年史 第1章 近代水道の創設と大都市横浜の発展を支えた水道拡張
横浜市水道局 - 歴史的建造物の保全(歴史的建造物に認定された橋およびトンネル)
横浜市道路・交通政策局建設部橋梁課 - 横浜市道路トンネル等長寿命化修繕計画(令和7年7月更新)
横浜市道路・交通政策局建設部橋梁課
訂正履歴
公開後に内容を改めた箇所を、日付とともに記録している。
- :要約の東隧道までの距離と方位を「およそ700メートル北」から「およそ750メートル北北西」に直した。二つの坑口の位置から測り直したため。
- :要約に書いていた東隧道の延長・幅員と道路トンネル28施設の一覧の出どころ(横浜市道路トンネル等長寿命化修繕計画)を出典に加えた。
- :出典に書いた発行元の名前を、資料のページに書かれた表記(横浜市都市整備局企画部都市デザイン室)にそろえた。
この場所について
この場所について、いま知っていることを教えてください。