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水 水の痕跡 資料確認済み

堀割川(明治のはじめに人が掘った、根岸湾へ下る運河)|何があった場所か

自治体史・公的アーカイブ・碑文や現地の掲示など、一次資料で内容を確認済みの情報です。
位置精度: 地点特定(ピンは八幡橋) / 最終確認日: 2026-09-13

南区との境あたりから根岸湾へ、ほぼ一直線に下る川がある。横浜市磯子区は、堀割川を、久良岐橋・池下橋付近で中村川から分流し根岸湾に注ぐ運河とし、明治3年(1870年)に着工、明治7年(1874年)に完成したと記す。まっすぐなのは、自然の流れではなく人が掘った川だからである。橋は上流から、中村橋、天神橋、根岸橋、坂下橋、磯子橋、八幡橋の順に架かる。

同じ区の資料は、この川が明治から昭和にかけて横浜港と根岸湾をつなぐ舟運路として使われ、河口には波止場、川沿いには船宿、造船所、工場が並んで賑わいが見られたと記す。河口両岸の滝頭波止場は明治5年(1872年)に竣工し、現在の農林水産省動物検疫所の場所が波止場の片側にあたるという。検疫所の構内には普段は入れないと区が案内しているため、川沿いの桜並木は八幡橋や対岸から眺めることになる。

大正12年(1923年)の関東大震災では、護岸が壊れ、橋が落ちたり焼けたりした。区の資料は、昭和初期の復興事業で石積みの護岸に復旧されるとともに、各所に荷揚げ場や階段がつくられ、橋には意匠を凝らした親柱が設置されて、今も昔の面影を残すと記す。土木学会はこの川を平成22年度の選奨土木遺産に認定し、長大な石積護岸は当時の面影を残すと解説している。

堀割川(明治のはじめに人が掘った、根岸湾へ下る運河)の位置を示す地図
この地点の地図(地理院タイルに地点を加筆)

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