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枇杷島青果市場跡(二度動いた市場と、残された広さ)|何があった場所か

自治体史・公的アーカイブ・碑文や現地の掲示など、一次資料で内容を確認済みの情報です。
位置精度: 町域 / 最終確認日: 2026-09-12

名古屋市西区の枇杷島に、市営住宅とスポーツセンターと公園が並ぶ一画がある。名古屋市西区は、徳川家康が慶長16年(1611年)頃、清須市西枇杷島町に開かせた江戸の神田、大阪の天満と並ぶ日本三大市場の一つ、下小田井の市(のちの枇杷島市場)が始まりであるとし、昭和30年(1955年)枇杷島に移り、枇杷島青果市場が開場され多くの卸売りや市場関係者で賑やかであったと記す。江戸時代の市は庄内川の対岸にあり、川を渡ってこちらへ来たことになる。

区は、昭和58年(1983年)に北部市場の開場(豊山町)により枇杷島青果市場が閉鎖され、跡地は市営住宅、スポーツセンター、公園に変わり近隣の人々のスポーツや憩いの場となっていると書く。市場がここにあったのは28年ほどで、そのあと荷はさらに北へ去った。残ったのは市場のかたちではなく、まとまった広さのほうである。青物が集まる場所には、それだけの土地が要るということでもある。

枇杷島青果市場跡(二度動いた市場と、残された広さ)の位置を示す地図
この地点の地図(地理院タイルに地点を加筆)

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