伊勢湾台風記念碑(台座から2メートル下が浸水位の母子像)|何があった場所か
名古屋市港区の港明一丁目に、母と子の像が立っている。名古屋市港区は、昭和34年9月26日午後9時頃、名古屋市を襲った伊勢湾台風(15号)は、市域の36パーセントを濁流に巻き込み、1,851人の尊い命を奪い去ったと記す。区は、この母子像は、港区の無災害と発展を願い、昭和37年、旧港区役所の玄関右に建てられたものであるとし、台座から2メートル下が浸水位であると書く。
水の高さを伝えているのは、像そのものではなく、その足もとの空気である。国土地理院は、この碑を伊勢湾台風関連の自然災害伝承碑として地理院地図に載せ、所在地を港区港明一丁目、伝承の内容を、市域の36パーセントが浸水し1851名が死亡、台座から2メートル下が浸水位と記録している。名古屋市は、被害の大きかった港区、南区を中心に、市内に浸水位を表す標識や標示板を設置していると書く。港区のものだけで、区内375名の死者が国土地理院の記録に残る。

近くの痕跡
- 七里の渡し跡(宮の渡し公園・東海道唯一の海路の発着地)(水の痕跡・約2.2km)
- 空襲跡の碑(熱田空襲の記憶・堀川千年プロムナード)(戦の痕跡・約2.3km)
- 白鳥貯木場跡(太夫堀と、斜めに走る道になった貨物線)(水の痕跡・約2.6km)
- 年魚市潟(あゆちがた)跡(万葉集に詠まれた干潟と、それを見下ろした高台)(水の痕跡・約4.1km)
時のながれ
- 昭和34年(1959年)9月26日 — 伊勢湾台風が名古屋市を襲う。区は午後9時頃と記す。市域の36パーセントが濁流に巻き込まれ、1,851人が亡くなった。
- 同じ夜 — 高潮が名古屋港の観測史上最高となる5.31メートルに達したと名古屋市は記す。
- 昭和37年(1962年) — 港区の無災害と発展を願って、旧港区役所の玄関右に母子像が建てられる。台座から2メートル下が、そのときの浸水位である。
- のちに — 名古屋市は、被害の大きかった港区、南区を中心に、市内へ浸水位を表す標識や標示板を設置する。
- 現在 — 国土地理院は、この碑を含む名古屋市内10基を、伊勢湾台風関連の自然災害伝承碑として地理院地図に掲載している。
編集部の調査メモ
このページを作るにあたって、編集部が何を確認したか、このページでどう扱ったかを記録しています。
資料で確認できたこと
- 名古屋市港区は、昭和34年9月26日午後9時頃、名古屋市を襲った伊勢湾台風(15号)が、市域の36パーセントを濁流に巻き込み、1,851人の尊い命を奪い去ったと記す。
- 同じ港区の説明は、この母子像が、港区の無災害と発展を願い、昭和37年、旧港区役所の玄関右に建てられたものであるとし、台座から2メートル下が浸水位であると記す。
- 国土地理院中部地方測量部は、伊勢湾台風記念碑を所在地・港区港明一丁目の自然災害伝承碑として掲げ、伝承内容を、市域の36パーセントが浸水し1851名が死亡、台座から2メートル下が浸水位と記す。
- 同じ国土地理院の一覧は、名古屋市内に伊勢湾台風関連の自然災害伝承碑が10基あるとして、港区入船二丁目の浸水位標識(港区で375名の死者)、南区浜田町三丁目の慰霊之碑と浸水位標識、熱田区内田町・中川区春田三丁目・南区大同町三丁目の浸水位標識などを挙げる。
- 名古屋市は、伊勢湾台風の死者・行方不明者を1,851人、住家の全壊・流出を7,723棟、半壊を43,249棟、床上浸水を34,883棟、床下浸水を32,469棟と記す。守山市および有松・大高の両町を含めた死者・行方不明者は1,881人であるとも記す。
- 同じ名古屋市の説明は、高潮が名古屋港の観測史上最高となる5.31メートルに達したとし、被害の大きかった港区、南区を中心に、市内に浸水位を表す標識や標示板を設置していると記す。
そのため、このページではこうしています
- 位置は、国土地理院が所在地とする港区港明一丁目と、同じ町丁にある港区役所の住所(港明一丁目12番20号)が重なることから、その地点を採った。番地までの確証はないため、位置は町域までの精度である。
- 浸水位は台座からの高さで示されている。像の下の何もない部分が水の高さにあたるという読み方を、区の記述にそって添えた。
- 碑は区役所の敷地にあたるとみられる。業務の妨げにならない時間に、外から見るにとどめたい。
- 国土地理院の一覧は、同じ災害の碑を区ごとに死者数とともに並べている。港区375名、南区1417名、熱田区3名というように、同じ台風でも区によって数が大きく違う。
現地確認: 未実施
❓まだ分かっていないこと
この場所には、資料ではまだ確認できていない事柄がある。
- 像が現在どの建物のどの位置にあるかを、番地まで示した公的な資料には到達できなかった。区の説明は旧港区役所の玄関右に建てられたと書くにとどまる。
- 像の作者や、建立の費用を負担した団体を示す資料には到達できなかった。
- 旧港区役所の建物がいつ建て替えられ、そのときに像がどう扱われたかを示す資料には到達できなかった。
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
参考・出典
3件出典に基づいて掲載している
- 伊勢湾台風記念碑
名古屋市港区役所 - 伊勢湾台風関連の自然災害伝承碑
国土地理院中部地方測量部 - 伊勢湾台風(なごや防災ポータル)
名古屋市
この場所について
この場所について、いま知っていることを教えてください。