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雷貝塚(土器に名を残した、鳴海の貝塚の先駆け)|何があった場所か

自治体史・公的アーカイブ・碑文や現地の掲示など、一次資料で内容を確認済みの情報です。
位置精度: 推定 / 最終確認日: 2026-09-12

名古屋市緑区の鳴海小学校の北のあたりで、昭和のはじめに貝塚が見つかっている。名古屋市緑区は、昭和2年(1927年)鳴海小学校北辺りで、野村三郎氏、鈴村秋一氏が発見した縄文晩期から弥生期に至る複合遺跡であると記す。区の説明によれば、この地方では最初に屈葬人骨、獣骨、魚骨、貝類、石器、土器、須恵器、中世陶器などが出土し、当時の生活様式などがうかがえ、考古学研究上重要な発見があった。

出土した土器には、この場所の名をとって雷式という形式名が与えられた。区は、鳴海の貝塚遺跡の先駆となったと記す。同じ昭和2年には、南区の粕畑貝塚も野村三郎氏の名で発見が記録されており、鳴海のまわりで貝塚が次々に確かめられていく起点にあたる年であった。区の記念誌『緑区誌』によれば、鳴海小学校にも遺跡の一部、貝層や住居跡が残っており、壊さないように土盛をして「矢切の丘」として保存されている。区の資料は所在を鳴海小学校の北あたりとだけ書き、番地までは示していない。

雷貝塚(土器に名を残した、鳴海の貝塚の先駆け)の位置を示す地図
この地点の地図(地理院タイルに地点を加筆)

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