「惣社」の地名と志貴縣主神社(河内国総社)|何があった場所か
藤井寺市惣社に鎮座する式内社。藤井寺市は、古墳時代の豪族である志紀県主の名を残す神社で、河内国の総社であり、10世紀初めの延喜式に記載があると紹介している。大阪府神社庁は、主神を神八井耳命とし、春日明神または惣社明神とも称したと記す。鎮座地の地名は、いまも「惣社」である。

近くの痕跡
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時のながれ
- 古墳時代 — 藤井寺市は、豪族である志紀県主の名を残す神社と紹介している。
- 延長5年(927年) — 延喜式神名帳に河内国志紀郡の社として記される。
- 中世 — 楠木正成の祈願所であったと伝わる。
- 中世以後 — たびたび兵火にかかり、社地が変わることもあったようだと大阪府神社庁は記す。
- 明治5年(1872年) — 村社に列する。
- 現在 — 鎮座地の地名は藤井寺市惣社として残る。
編集部の調査メモ
このページを作るにあたって、編集部が何を確認したか、このページでどう扱ったかを記録しています。
資料で確認できたこと
- 藤井寺市公式の観光ページで、古墳時代の豪族である志紀県主の名を残す神社であること・河内国の総社であること・10世紀初めの延喜式に記載があることを確認した。
- 大阪府神社庁の当社ページで、鎮座地が藤井寺市惣社1-6-23であること・主神が神八井耳命であること・春日明神または惣社明神とも称したこと・楠木正成の祈願所であったと伝わることを確認した。
そのため、このページではこうしています
- 藤井寺市公式で読めたのは繁体字中国語版の観光ページで、日本語版は見つけられなかった。
- ご利益や信仰について述べた公的資料は見つけられなかった。
現地確認: 未実施
❓まだ分かっていないこと
この場所には、資料ではまだ確認できていない事柄がある。
- 地名「惣社」が河内国総社に由来すると明記した公的資料は確認できていない。
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
⛩ この土地の福跡
同じ土地の、受け継がれてきた側の顔だ。
- 志貴縣主神社(河内国総社)河内国の総社としての由緒を、信仰の側から見ています。
参考・出典
2件出典に基づいて掲載している
- 志貴縣主神社(しきあがたぬしじんじゃ)
大阪府神社庁 - 志貴縣主神社
藤井寺市(公式・繁体字版)
訂正履歴
公開後に内容を改めた箇所を、日付とともに記録している。
- :時のながれの兵火の項を改めた。時代を「戦国時代」から大阪府神社庁の記述どおり「中世以後」とし、「鎮座地の変遷を余儀なくされた」も原文の控えめな言い方に合わせ、社地が変わることもあったようだと大阪府神社庁は記す、とした。
この場所について
この場所について、いま知っていることを教えてください。