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善照寺砦跡(砦公園と、南東に開ける眺め)|何があった場所か

自治体史・公的アーカイブ・碑文や現地の掲示など、一次資料で内容を確認済みの情報です。
位置精度: 地点特定 / 最終確認日: 2026-09-11

名古屋市緑区の鳴海に、丘陵の東端を使った砦の跡がある。名古屋市緑区は、桶狭間の合戦の織田方の陣地であるとし、永禄2年(1559年)に織田信長が築いた3つの砦の一つで、丘陵の東端がその跡であると記す。3つの砦の内訳は、区の中島砦跡の説明から読み取れる。そこでは、丹下・善照寺と合わせた3つの砦で鳴海城を包囲するために、信長が扇川と手越川の合流点に中島砦を築いたと説明されている。砦跡の規模は東西24間(43メートル)、南北16間(29メートル)と伝えられ、四方を望見できる見晴らしがよいという。

永禄3年(1560年)の合戦の日、信長はここに兵を集めた。名古屋市緑区は、本隊が駐留しているように見せかけ、幟・旗を残して密かに桶狭間へ移動し奇襲をかけたといわれる、と記す。区の史跡散策路の案内も、信長が桶狭間の奇襲に移る直前、ここに兵を集結したと書く。信長は善照寺砦から中島砦を経て桶狭間へ向かい、その中島砦には梶川平左衛門以下260名の武士が配置されていたという。

現在は公園で、遺構は確認できない。名古屋市緑区は、近年まで老松が茂り砦の松として親しまれていたが、枯死して若松が植えてあると記す。残っているのは、地面の高さと、そこから見えるもののほうである。区は、はるか南東方向に桶狭間や大将ケ根の尾根等が手に取るように眺めることができ、地形上、昔も今も変わらないと書く。公園内には、鳴海絞開祖の三浦玄忠(豊後高田藩竹中候の侍医)夫人の碑がある。

善照寺砦跡(砦公園と、南東に開ける眺め)の位置を示す地図
この地点の地図(地理院タイルに地点を加筆)

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