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「松巨嶋」と刻まれた手洗鉢(熊野三社・呼続)|何があった場所か

自治体史・公的アーカイブ・碑文や現地の掲示など、一次資料で内容を確認済みの情報です。
位置精度: 地点特定 / 最終確認日: 2026-09-10

名古屋市南区の呼続から笠寺にかけての高まりは、かつて松巨島(まつこじま)と呼ばれた。名古屋市は、熱田の方から眺めるとこの一帯が「松の大きな島」に見えたことから、この地名が伝えられていると記す。区の紹介でも、縄文・弥生のころこのあたりは大部分が海で「あゆち潟」と呼ばれていたとしている。

旧東海道ぞいに建つ熊野三社の社務所の中庭には、大きな字で「松巨嶋」と彫り、背面に「明和三丙戌歳(1766)」と刻んだ手洗鉢が残る。社そのものは、永禄年間(1558年から1570年)に山崎城主の佐久間信盛が守護神とした社を、寛永4年(1627年)に山崎村の氏神としてこの地へ移したものと名古屋市は記す。

海はとうに引いたが、土地の高さは残っている。国土地理院の標高データでは、社のあたりはおよそ12メートル、西へ400メートルほど下った山崎川ぞいは1メートルに満たない。手洗鉢の三文字は、この高まりを島の名で呼んでいたころの言い方を、石のかたちで今に伝えている。

「松巨嶋」と刻まれた手洗鉢(熊野三社・呼続)の位置を示す地図
この地点の地図(地理院タイルに地点を加筆)

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