「押上」の地名由来(潮が押し上げた土地)|何があった場所か
スカイツリーがそびえる押上は、かつて北十間川の先まで潮が押し寄せる水辺だったと伝わる。潮が土砂を「押し上げ」てできた土地が地名になったとされるが、水害説や弟橘媛の遺品漂着の伝承など諸説ある。
時のながれ
- 古代 — 一帯は古利根川が東京湾へ注ぐ河口部の中洲・低湿地だったと考えられ、潮が押し寄せ土砂が堆積する場所だったと伝わる。
- 江戸期以前 — 「潮が押し上げた土地」から押上村の名が興ったとされる(水害由来説、弟橘媛の遺品漂着の伝承など諸説あり)。
- 現代 — 2012年に東京スカイツリーが開業し、かつて水辺だったと伝わる土地が東京の新名所となった。
編集部の調査メモ
このページを作るにあたって、編集部が何を確認したかを記録しています。
資料で確認できたこと
- おしなり商店街振興組合のページ(業平二丁目町会資料の転載)で、北十間川が京成橋あたりまであり、潮が押し寄せ押し上げたところから地名が興ったとする説を確認した。
- 春慶寺(墨田区押上)の住職のページで、弟橘媛の遺品が押し上げられた場所とする伝承と、江戸開府以前の押上一帯が海や湿地だったという地形の説明を確認した。
現地確認: 未実施
❓まだ分かっていないこと
この場所には、資料ではまだ確認できていない事柄がある。
- 墨田区公式サイトの町名由来ページは見つけられず、区の公式資料では確認できていない。潮流説のほかに水害説などもあり、由来は諸説ある。
参考・出典
- 押上・業平(町のおこり)
おしなり商店街振興組合(業平二丁目町会資料より転載) - 春慶寺住職のお話し/押上という地名の由来について
春慶寺(墨田区押上) - 押上
Wikipedia(補助資料)
近くの痕跡
- 飛木稲荷神社の「焼けイチョウ」(戦の痕跡・約186m)
- 「向島」の地名由来(川向こうの「島」だった土地)(地の痕跡・約624m)
- 曳舟川跡(曳舟川通り)(水の痕跡・約689m)
- 「業平」の地名と在原業平の東下り伝承(業平橋)(地の痕跡・約754m)