安居神社(真田幸村戦死跡碑)|何があった場所か

大坂夏の陣(1615年)の天王寺口の戦いの後、真田信繁(幸村)がこの地で最期を迎えたと伝わる神社。境内に大阪市の「歴史の散歩道」にも取り上げられた戦死跡碑が立つ。
時のながれ
- 1615年(元和元) — 大坂夏の陣・天王寺口の戦い。茶臼山に布陣した真田信繁が徳川本陣へ突撃した後、この地で戦死したと伝わる
- 現代 — 境内に戦死跡碑が立ち、大阪市「歴史の散歩道」のコースに含まれている
現地の写真



編集部の調査メモ
このページを作るにあたって、編集部が何を確認したか、このページでどう扱ったかを記録しています。
資料で確認できたこと
- 菅原道真ゆかりの古社であることを確認した。
そのため、このページではこうしています
- 境内の「さなだ松」は代替わりした木である。当時のものではない。
現地確認: 実施済み
❓まだ分かっていないこと
この場所には、資料ではまだ確認できていない事柄がある。
- 真田幸村の戦死の経緯は伝承を含むため、「〜と伝わる」という書き方にしている。
参考・出典
- 78.安居神社・真田幸村戦死跡碑(歴史の散歩道 上町台地北コース)
大阪市建設局 - 安居神社:真田幸村終焉の地と菅原道真ゆかりの古社
大阪観光局 OSAKA-INFO
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
このスポットが登場するテーマ
- 大坂の陣を歩く — 真田丸から幸村終焉の地まで⑤ 夏の陣・幸村終焉の地と伝わる(1615)
この痕跡を掘り下げた記事
近くの痕跡
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