城東練兵場跡(森之宮)|何があった場所か
大阪城の東側、森之宮一帯にあったとされる旧陸軍の練兵場の跡。明治から昭和初期には飛行実験や東京―大阪間の郵便飛行の発着地にも使われ、のちに隣接する大阪砲兵工廠へ組み込まれたと伝わる。跡地は電車区や団地になっている。
時のながれ
- 明治期 — 大阪城東側の森之宮一帯に陸軍の練兵場が設けられたとされる。
- 大正〜昭和初期 — 飛行実験や東京―大阪間の郵便・定期航空の発着地として利用された(東西定期航空会など)。
- 昭和15年(1940年)頃 — 隣接する大阪砲兵工廠の拡張にともない、練兵場の敷地が工廠へ組み込まれたと伝わる。
- 戦後〜昭和42年(1967年) — 跡地に森ノ宮電車区や日本住宅公団・森之宮団地などが整備された。
備考
Wikipedia『大阪砲兵工廠』『森之宮』等で、城東練兵場が昭和15年(1940年)頃に砲兵工廠へ吸収され、跡地が森ノ宮電車区・森之宮団地などになった経緯を確認。ただし大阪市城東区公式ページには練兵場自体の詳しい記述がなく(駒ヶ池・大蛇ヶ淵への言及のみ)、一次資料まで未到達の孫引き中心。既存スポット『大阪砲兵工廠跡』との区別・重複可否も含め人間確認が必要。座標は森之宮周辺の推定。
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参考・出典
- 大阪砲兵工廠 - Wikipedia(Wikipedia)
- 森之宮 - Wikipedia(Wikipedia)
- 大阪市城東区:区内南西部(地名の由来)(大阪市城東区(公式))