「野田」地名の由来(旧湿地帯・野田藤の名所)|何があった場所か
大阪市福島区「野田」は、細い川が網目状に流れる湿地帯だったと伝わる地。川沿いには藤の花が咲き乱れ、後に「野田藤」と名付けられた右巻き藤の名所として知られたとされる。
編集部の調査メモ
このページを作るにあたって、編集部が何を確認したか、このページでどう扱ったかを記録しています。
資料で確認できたこと
- 大阪市福島区の公式サイトで、1364年(貞治3年)の「住吉詣」に「野田の玉河」の記述があること、当時は鷺島庄の一村であったこと、一帯が湿地帯で細流が縦横に流れ、野田藤の名所だったこと(足利義詮・豊臣秀吉が藤見物に訪れたと記録される)を確認した。
そのため、このページではこうしています
- 座標は町域全体を代表する点で、地点を特定したものではない。
現地確認: 未実施
❓まだ分かっていないこと
この場所には、資料ではまだ確認できていない事柄がある。
- 一次史料である「住吉詣」の原典そのものへの照合と、湿地帯の範囲や地形の考古学的な裏づけには到達していない。自治体の公式ページの記述に依っている。
参考・出典
- 大阪市福島区:区の概要・地名の由来・区のなりたち
大阪市福島区役所(自治体公式) - 野田 (大阪市) - Wikipedia
Wikipedia - 北ふくしま次世代モビリティ社会実験 提案書(乗降場所一覧・野田5丁目座標記載PDF)
大阪市都市交通局(自治体公式)
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
この痕跡を掘り下げた記事
近くの痕跡
- 安治川(河村瑞賢の開削・九条島を割った川)(水の痕跡・約822m)
- 「九条」地名の由来(衢壌島説・条里制説など)(地の痕跡・約1.3km)
- 旧尻無川跡(九条・千代崎境の埋立河道)(水の痕跡・約1.5km)
- 第2回大阪大空襲の被災域(此花・港・大正〜市街西部)(戦の痕跡・約1.5km)