「玉造」地名(玉作部の居住地伝承)|何があった場所か
古代に勾玉などを作った玉作部(たまつくりべ)が住んだ地であることが地名の由来とされる。一帯は「玉作岡」と呼ばれたと伝わり、大阪市の紹介ページや複数の地名辞典が同じ由来説を載せている。座標は玉造稲荷神社。
時のながれ
- 古代 — 勾玉などを製作した玉作部の居住地と伝わり、一帯は「玉作岡」と呼ばれたという
- 平安初期 — 「上宮聖徳太子伝補闕記」に「玉造之東岸上」の記述があるとされる(日本歴史地名大系)
- 近世以降 — 玉造稲荷神社が大坂城三の丸の鎮守として崇敬を受けたと伝わり、勾玉ゆかりの社として現在に続く
備考
大阪市「歴史の散歩道」ページに「この付近は古代勾玉などをつくった玉作部の居住地ともいう」と明記。日本歴史地名大系・日本大百科全書等の複数辞典も同説(コトバンクで本文確認)。「ともいう」の表現どおり伝承を含む由来説であり断定はしない。玉作部の居住を示す考古学的裏付け(森ノ宮遺跡等との関係)は未調査。
参考・出典
- 59.玉造稲荷神社(歴史の散歩道)(大阪市)
- 玉造(タマツクリ)とは - コトバンク(日本歴史地名大系ほか)(コトバンク)