四天王寺(上町台地・聖徳太子建立と伝わる寺)|何があった場所か

聖徳太子建立と伝わる日本最古級の仏教寺院の一つ。上町台地の上に立地し、西門を「西方極楽浄土の東門」とする浄土信仰で知られる(「大阪の信仰・方位観の中心」という表現はスピリチュアル系の言説に寄っており、公的資料では未確認)。
時のながれ
- 593(推古天皇元年) — 聖徳太子による593年の創建を寺院公式・大阪市公式の双方が記し、大阪市公式は場所を「難波の荒陵」とする。物部守屋との合戦後の誓願成就として建立。
- 飛鳥時代 — 四天王寺式伽藍配置で建立され、大阪市資料は、近年の発掘調査によると堂塔の位置は創建以来ほとんど変わりがないといわれている、と記す。
- 1945 — 大阪大空襲により境内のほぼ全域が焼失。
- 1963(昭和38年) — 伽藍が再建された。
現地の写真


近くの痕跡
- 茶臼山(大坂の陣 両軍本陣跡・天王寺公園)(戦の痕跡・約481m)
- 安居神社(真田幸村戦死跡碑)(戦の痕跡・約527m)
- 天王寺七坂・口縄坂の伝承(噂の痕跡・約776m)
- 疎開道路(生野区・建物疎開の名残)(戦の痕跡・約1.3km)
編集部の調査メモ
このページを作るにあたって、編集部が何を確認したか、このページでどう扱ったかを記録しています。
資料で確認できたこと
- 創建(593年)と史跡指定は、寺院の公式情報と大阪市の公式ページで確認した。
そのため、このページではこうしています
- 「上町台地の方位観の中心」という位置づけは、伝承やスピリチュアル系の言説として語られてきたものである。史実として確認されたものではない。
現地確認: 実施済み
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
この痕跡を掘り下げた記事
⛩ この土地の福跡
同じ土地の、受け継がれてきた側の顔だ。
- 四天王寺 亀井堂(亀井の水・経木流し)同じ境内で、金堂の地下から湧くとされる水を受ける堂。
- 四天王寺 亀遊嶋辯天堂同じ境内の東側、池に浮かぶ島に建つ堂。
参考・出典
3件出典に基づいて掲載している
- 四天王寺の歴史 - 和宗総本山 四天王寺
和宗総本山 四天王寺 - 76.四天王寺(してんのうじ) - 大阪市
大阪市 - 2:「四天王寺」に今も生きる聖徳太子の理念
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訂正履歴
公開後に内容を改めた箇所を、日付とともに記録している。
- :見出しと時のながれの3項目を、四天王寺と大阪市の公式ページの書き方に合わせて改めた。主な変更は、見出しの「上町台地の霊的中心」を、出典に無い言葉のため「上町台地・聖徳太子建立と伝わる寺」としたこと、発掘調査で位置が変わっていないことが「確認されている」を、大阪市の資料の言い方どおり「といわれている」としたこと、創建の場所の「難波の荒陵」は大阪市の資料だけが記すと分けたことだ。
この場所について
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