西横堀川跡(阪神高速環状線下)|何があった場所か
船場の西縁を流れていた堀川の跡。埋立後、上部は阪神高速1号環状線となった。「川の上を高速が走る」大阪の埋立堀川の典型例。
時のながれ
- 1600年(慶長5年) — 西横堀川が開削される(材木商・永瀬七郎右衛門による開削と伝わり、当初は七郎右衛門堀川と呼ばれた)。
- 江戸期 — 船場の西縁の境界をなす堀川として機能。東岸は材木の集積地(西横堀二十四浜)として賑わう。
- 1962年(昭和37年) — 戦後の瓦礫処理・下水道整備により不要となり埋め立てられる(大阪市公式サイトも埋立堀川の一つとして明記)。
- 現代 — 埋立後の跡地は阪神高速1号環状線(北行き)の高架および大阪市西横堀駐車場に利用されている。
備考
埋立=1962年(昭和37年)、開削=1600年(慶長5年)と確認(2026-07)。ただし一次公文書までは未到達で角川日本地名大辞典の孫引き。
参考・出典
- 大阪市:コラム2「水の都」大阪(生涯学習)(大阪市)
- 西横堀川 - Wikipedia(Wikipedia(出典: 角川日本地名大辞典27大阪府))
- 阪神高速1号環状線 - Wikipedia(Wikipedia)