西横堀川跡(阪神高速環状線下)|何があった場所か
船場の西縁を流れていた堀川の跡。埋立後、上部は阪神高速1号環状線となった。「川の上を高速が走る」大阪の埋立堀川の典型例。
時のながれ
- 1600年(慶長5年) — 西横堀川が開削される(材木商・永瀬七郎右衛門による開削と伝わり、当初は七郎右衛門堀川と呼ばれた)。
- 江戸期 — 船場の西縁の境界をなす堀川として機能。東岸は材木の集積地(西横堀二十四浜)として賑わう。
- 1962年(昭和37年) — 戦後の瓦礫処理・下水道整備により不要となり埋め立てられる(大阪市公式サイトも埋立堀川の一つとして明記)。
- 現代 — 埋立後の跡地は阪神高速1号環状線(北行き)の高架および大阪市西横堀駐車場に利用されている。
編集部の調査メモ
このページを作るにあたって、編集部が何を確認したかを記録しています。
資料で確認できたこと
- 埋立が1962年(昭和37年)、開削が1600年(慶長5年)であることを確認した。
現地確認: 未実施
❓まだ分かっていないこと
この場所には、資料ではまだ確認できていない事柄がある。
- いずれも角川日本地名大辞典を典拠とする記述で確認したもので、一次の公文書までは到達していない。
参考・出典
- 大阪市:コラム2「水の都」大阪(生涯学習)
大阪市 - 西横堀川 - Wikipedia
Wikipedia(出典: 角川日本地名大辞典27大阪府) - 阪神高速1号環状線 - Wikipedia
Wikipedia
🗺 この地点を明治の地図で見る(今昔マップ on the web)
この痕跡を掘り下げた記事
近くの痕跡
- 海部堀川跡(靱本町・靱公園東部)(水の痕跡・約415m)
- 薩摩堀川跡(薩摩堀北公園・碑)(水の痕跡・約513m)
- 阿波堀川跡(西本町・阿波座)(水の痕跡・約536m)
- 立売堀(いたちぼり)川跡(水の痕跡・約618m)
⛩ この土地の福跡
同じ土地の、受け継がれてきた側の顔だ。
- 坐摩神社(いかすりさん)堀のすぐそばに鎮座する、摂津国一宮を称する古社。
- 難波神社の楠(御神木)同じ船場に残る、樹齢400年を超えるという御神木。