← 痕跡マップ(地図)へ

【噂の土地#1】四日市・泊の「外人墓地」の本当の歴史

2026-07-08

三重県四日市市の泊地区には、地元で昔から「外人墓地」と呼ばれる場所がある。近所に住んでいると、一度は誰かから聞いたことがあるはずだ。「外国人が埋まっている」「夜通ると英語で話しかけられる」。私自身、この土地の近くで育って、子どもの頃から名前だけは知っていた。中身を確かめないまま噂だけが独り歩きしているのが気になって、今回きちんと調べてみることにした。

先に結論を書く。「外人墓地」の正体は、四日市市大字泊村にある「泊山光明霊園(とまりやまこうみょうれいえん)」という、宗教を問わず誰でも入れる普通の民営霊園だ。園内に外国籍の方の区画があり、そこが「外人墓地」という通称で呼ばれるようになった。ただし、その区画がいつ・なぜ設けられたのかを示す記録は、今回の調査では見つからなかった。ここは正直に書いておきたい。

まず場所を特定する

「四日市 外人墓地」で検索すると、心霊スポットを紹介するサイトが大量に出てくる。だが場所の説明はどれも曖昧で、中には四日市市とは無関係の岐阜市大洞にある別の墓地(通称も同じ「外人墓地」)を混同しているとおぼしき記述もあった。まずはこの混乱を解く必要がある。

正式名称は「泊山光明霊園」。所在地は三重県四日市市大字泊村で、四日市あすなろう鉄道内部線の泊駅から徒歩圏、三重交通バス「泊山」停留所からは徒歩2〜5分ほどの距離にある([三重の霊園.com](https://www.reien-mie.com/detail/id1291957236-867556.html)、[いいお墓](https://www.e-ohaka.com/detail/id1291957236-867556_2.html))。運営形態は民営霊園で、宗教・宗派を問わず誰でも申し込める。バリアフリー設計や管理人常駐といった、今どきの霊園らしい設備も一通り揃っている。

つまり土台にあるのは、何か特別な出自を持つ土地ではなく、現役で運営されている普通のお墓ということだ。この前提を押さえておくと、あとの話が見えやすくなる。

「外人墓地」という通称はどこから来たのか

園内には外国籍の方が埋葬された区画がある。これ自体は事実として確認できる。日本各地の霊園・墓地には、宗教不問を掲げる民営霊園を中心に、外国籍の方の墓所が設けられている例が珍しくない。函館や横浜、神戸のように、幕末の開港と居留地の歴史を背景に大規模な外国人墓地が形成された土地もある。

四日市にも港はある。四日市港が国際貿易港として開港場に指定されたのは明治32年(1899年)のことだ([四日市港管理組合](https://www.yokkaichi-port.or.jp/w_history.html))。この史実だけを見ると、「開港の歴史が外国人の埋葬につながったのでは」という筋書きを組み立てたくなる。

正直に言うと、ここで筆が止まった。四日市市の公式資料、港湾史、郷土資料のいずれを当たっても、泊山光明霊園の外国人区画と四日市港の開港を結びつける記録は出てこなかった。霊園自体の開園年や運営の沿革を示す資料も、今回の調査の範囲では確認できなかった。もっともらしい歴史を書くことはできる。だが、それをやってしまうと「事実の配置で物語らせる」という、このサイトが一番大事にしている姿勢に反する。分からないことは、分からないと書く。

隣接する光明寺は、聖武天皇の頃に行基が泊山の高台に開いたという伝承を持つ古い寺だ([Wikipedia](https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%89%E6%98%8E%E5%AF%BA_(%E5%9B%9B%E6%97%A5%E5%B8%82%E5%B8%82%E6%B3%8A%E5%B1%B1%E5%B4%8E%E7%94%BA))。太平洋戦争中に現在地へ移転しているが、これは霊園そのものの歴史とは別の話だ。「古い寺の隣にある墓地だから、外国人区画にも古い由来があるはずだ」という推測も、確認できていない以上ここでは書かない。

噂そのものは、確かに存在する

調べていて分かったことがもう一つある。「心霊スポットとして語られている」という現象自体は、噂ではなく事実として観測できる。複数の心霊スポット紹介サイトが、この場所を何年も前から取り上げ続けている。「外国人の霊に取り憑かれると腕を組んで英語で話しかけてくる」「人影とすれ違って振り返ると消えていた」。こうした話が、体験談という形で積み重なっている([ウワサの心霊話](https://sinreikousatu.jp/tomariyamareien-sinrei/))。

これらの体験談の真偽を判定することは、私にはできないし、するつもりもない。ただ「なぜこの場所に噂が集まるのか」を考えると、単純な理由に行き着く。日本人の墓地の中に、見た目も墓石の形式も違う外国人区画がぽつんとある。見慣れないものは、それだけで想像力を刺激する。夜、街灯もまばらな霊園の一角に、十字を刻んだ見慣れない墓石が並んでいれば、そこに物語を当てはめたくなる気持ちは分かる。

由来が分からないという事実そのものが、噂を育てる土壌になっている。皮肉だが、これも今回調べて見えてきたことの一つだ。

現地は今、普通に運営されているお墓

強調しておきたいのは、泊山光明霊園がいわくつきの廃墟でも、立ち入り禁止の危険区域でもないということだ。管理人が常駐し、実際にそこで先祖を弔う人たちが日常的に訪れる、生きている霊園だ。

心霊スポットという文脈で語られるほど、現地に住む人や墓地に眠る方の家族にとっては、面白くない話になる。肝試し目的で無断で立ち入ったり、大声で騒いだりすることは、単なるマナー違反ではなく、実際にそこで手を合わせている人たちへの敬意を欠く行為になる。この記事も、そういう行動を勧めるために書いたものではない。

怖さの正体は、知らなさだった

一連の調査を終えて思うのは、「外人墓地」という響きの怖さは、8割方「知らなさ」からできているということだ。誰の墓なのか、いつからそこにあるのか、なぜ日本人の墓地の中に混じっているのか。何も分からないまま「外国人」「墓地」という単語だけが独り歩きすると、そこに勝手な物語が張り付いていく。

今回、由来までは辿り着けなかった。それでも、そこが今も現役で管理されている霊園で、誰かの家族が実際に眠っている場所だと分かっただけで、私の中では見え方が変わった。分からないことを分からないままにしておくのと、分かった上で「まだ分からない部分がある」と知っているのとでは、同じ「不明」でも重みが違う。

正体不明の噂として消費するより、まず「そこにあるものが何か」を確かめる。土地の記憶をたどるというのは、結局そういう地味な作業の積み重ねなんだと思う。

あなたの住所の周りに、どんな痕跡が残っているか。[痕跡マップで痕跡濃度を測ってみる](../index.html)

参考・出典

あなたの住所には、どんな痕跡が眠っているでしょうか。

あなたの住所の痕跡濃度を測る →

本ページの位置情報・年代・経緯は概略であり、内容の一部は出典未検証(資料候補・伝承・噂を含みます)です。 私有地への立ち入りを目的とした利用はご遠慮ください。誤りのご指摘・削除依頼は運営までご連絡ください。